編集長のズボラ料理(480) 豚肉とゴボウと菜の花の柳川風
大学時代の友だち夫婦を訪ねて、東京に行った時のことだった。「せっかく江戸に出てきたのだから」と、浅草の店「駒形」に連れて行ってくれた。江戸時代から続く店だった
お上りさん扱いである。自分たちももとは田舎もんのくせに、江戸っ子を気取っている。別の友人は、「東京に4代以上住んでないと、江戸っ子とは言わない」と話していた。なぜかというと、その彼がちょうど4代目で、自分に合わせた基準だった。
友人はまるで江戸時代から生きているように、迷わず「どぜうなべ」を注文した。ほんとは田もんのくせに。
小さななべにドジョウの開いたものが6つか8つ乗っていて、ゴボウ、刻みネギをふり、火にかけて食べる。何ちゅうととはない。
高松市に住んでいたころは、ドジョウ打ち込みうどんを何度か食べた。讃岐うどんの1つのジャンルで、「打ち込み」とは「煮込み」のことを言う。
「いこい」という人気店がある。そこで食べる時は、店に着く10分ほど前に電話を入れ、注文しておく。煮込むので時間がかかるが、電話しておけばテーブルに座って間もなく、ドジョウ打ち込みうどんが運ばれてくる。それが、べテランの技というもんだ。
そんなドジョウのベテランではあるが、「どぜう」には参った。店の前に大きく書いてある。中に入れば、東京ではなく江戸が広がっていている。江戸には、どぜうであるべきなのだ。
「てふてふが一匹韃靼(だったん)海峡を渡って行った」という安西冬衛の一行詩を覚えている。中学か高校の国語の時間に習った。今でも覚えているのは、チョウチョウを「てふてふ」と書いてあったからだろう。
どぜうは、てふてふ以来の衝撃だった。店には柳川なべもあった。こちらの方が一般的だろうが、どぜうの文字がない。江戸の粋さでは、どぜうなべにはかなわない。
ドジョウは手にはいりにくい。江戸っ子でもないので、どぜうにもこだわらない。そこで豚肉とゴボウと菜の花の柳川風にした。居酒屋さんで似たようなものを食べたことがあり、思い出しながら作った。
浅い鍋(僕の場合はタジン鍋)を使う、だしを取り、豚肉とゴボウのささがきを煮る。水の量は少なめ、味付けは砂糖、酒、みりん、しょうゆ。火が通ったら、菜の花とネギを加えて、ひと煮炊きし、最後は溶き卵でとじる。
「卵とじ」という名前でいいではないか、と思うかもしれない。でも、柳川の方が粋である。どぜうほどではないが。(梶川伸)2021,02,09
更新日時 2021/02/09