編集長のズボラ料理(423) 長イモ入りだし巻き
30年近く昔、ある居酒屋さんで、「店のお薦め」を食べた。長イモをすりおろし、生卵を混ぜて焼き、お好み焼きのような形をしていた。「お薦め」の言葉のマジックもあって、新鮮な感じがしたのを覚えている。
その当時、長イモはやや高いイメージがあった。だから、長イモがたっぷり食べられること自体に魅力があった。
そのころから、長イモは少しずつ値段が下がっていく。それに従って、自宅でお好み焼きを作る時に、長イモを使うようになった。最初は少しだったが、だんだん増えていき、やがて「長イモの値段と自宅お好み焼きの長イモの量は反比例する」ということを知る。これを僕は勝手に、長イモとお好み焼きの第1法則と呼んでいる。
店のお好み焼きも、長イモを加えるのは当たり前になってきた。流行は究極を求める。ある店で、小麦粉を使わず、わずかなすり下ろし長イモに千切りキャベツをたっぷり入れたお好み焼きを食べたことがある。これははたして、お好み焼きなのだろうか。
その一方で、長イモは使っていないことが自慢の店も出てきた。その代わり、小麦粉にだしを入れてよくかき混ぜ、空気を入れることで柔らかくする。そんな店の主人は、腕に筋肉がついている。長イモの有無は、二の腕を見れば分かるから、ぜひ腕まくりしてほしい、と頼むといい。そのためには、店に嫌われる覚悟がいるが。
自宅では、長イモの混入率には限界値があることを知る。多すぎると柔らかくなりすぎて、焼く途中でお好み焼きをひっくり返す時に、分解してしまう。
これを数学的に書いてみる。横軸にお好み焼き作りの経験年数を取る。縦軸は生地の中の長イモの混入比率を取る。すると最初はおもしろいからどんどん比率を増やしていくから曲線は右肩上がりとなる。柔らかすぎたと感じた時点でピークを迎え、やがて比率を押さえてみるので曲線は下がっていく。曲線は富士山型をたどり、僕は勝手に第2法則「長イモのブレーキの法則」と呼んでいる。結局は第1と第2の法則の2次方程式を解くことになる。
生卵を割ってボールに入れる。すり下ろした長イモを加える。白だし少々、青ノリも加え、よくかき混ぜる。卵焼きのフライパンで、だし巻きを作るように焼く。
別に変わった料理ではない。30年前に居酒屋さんで食べたものにも似てるし、究極のお好み焼きにも似ている。
卵と長イモの比率は、好みでよく、これを僕は勝手に第3法則「長イモの不確定性原理」と呼んでいる。(梶川伸)2020.07.22
更新日時 2020/07/22