編集長のズボラ料理(652) 菜の花の菜の花ソース
しゃれたレストランに行くと、大きな皿に控えめに料理が乗り、周りにソースがサッと、あるいは点々と垂らしてある。そんな店に僕が行くのではない。テレビ番組のタレントやレポーターが訪ねて行く。その人物を僕のアバターと勝手に決め、いかにも行ったつもりで、この文章を書いている。
ソースはカラフルで、パステル画をみているようだ。上品だから、料理をつけると絵画が崩れてしまうのが惜しい。そのように、アバターが食レポする。
ただ、1つだけ文句をつけたくなる。何でソースは少ないのか。料理が少量なら、ソースだけでも思う存分、つけさせてほしい。
江戸っ子気質を題材にしたソバの落語がある。かけソバをはしでつまんで、ソバちょこのつゆをほんの少しつけて食べる。それが、江戸の粋というものらさしい。その江戸っ子が亡くなる前に悔やむ。1度だけつゆをたっぷりつけて食べたかった、と。
ソースも一緒ではないか。ドバッとつけて食べたい人だっている。ケチケチするな。いつもそう思うのだが、自ら試して失敗してしたことがある。「多いことはいいことだ」ではなく、「少ないことはいいことだ」ということだってある。それを思い知らされた。
春を味わおう。おしゃれではないか。そうだ、菜の花にしよう。苦みこそ、春の味。「ナノハナ」よりも「菜の花」と書こう。その方が、日本の春らしい。
スーパーで菜の花を買ってきた。地元野菜のコーナーで買えば、1袋150円ほどで売っている。春は結構安い。
あの若々しい緑こそ、春の本質だと思う。白い皿を緑で埋める。非の打ちどころのない計画で、ここまでは良かった。
菜の花をサッとゆでる。鍋から取り出し、花に近い部分を切って水分を除き、平たい白い皿の中央に盛る。ここまでは順調。
茎の部分は鍋に戻し、さらにゆでる。この際、白だしを少し加える。これなら、緑を保てる。茎とゆで汁をミキサーにかける。それをまた鍋に入れて火にかける。バターと牛乳を加える。緑が薄れないように、量は少しにして、煮詰めてソースを作る。
ソースを皿に盛った菜の花の周りに添える。最初はスプーンですくって点々と。一分は線を引くように。まだソースはたくさん余っている。つい、抑えがきかなくなって、ドバっといってしまった。
これがいけなかった。皿じゅうが緑だらけ。菜の花はソースをつけて食べたが、ソースが多すぎた。過ぎたるは及ばざるがごとし。菜の花の苦い体験である。(梶川伸)2023.03.08
更新日時 2023/03/08